会社から支払われる給与債権を早めに現金化する方法として、「給与ファクタリング」(給料ファクタリング)というものがあります。
しかし、金融庁は、2020年3月5日、給与ファクタリングサービス事業は貸金業であるとの見解を公表しました。そのため、貸金業登録を受けないで給与ファクタリングサービスを実施する行為は、貸金業法に違反している可能性があります。
個人(労働者)が使用者に対して有する賃金債権について、労働者が賃金の支払を受ける前にそれを他に譲渡した場合においても、その支払については労働基準法(昭和22 年法律第 49 号)第 24 条第1項が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、その賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないとの同法の解釈を前提とすると、照会に係るスキーム(個人(労働者)が使用者に対して有する賃金債権を買い取って金銭を交付し、当該個人を通じて当該債権に係る資金の回収を行うこと。)においては、いかなる場合であっても賃金債権の譲受人が自ら使用者に対してその支払を求めることはできず、賃金債権の譲受人は、常に労働者に対してその支払を求めることとなると考えられる。
そのため、照会に係るスキームにおいては、賃金債権の譲受人から労働者への金銭の交付だけでなく、賃金債権の譲受人による労働者からの資金の回収を含めた資金移転のシステムが構築されているということができ、当該スキームは、経済的に貸付け(金銭の交付と返還の約束が行われているもの。)と同様の機能を有しているものと考えられることから、貸金業法(昭和 58 年法律第 32 号)第2条第1項の「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法」に該当すると考えられる。
したがって、照会に係るスキームを業として行うものは、同項の「貸金業」に該当すると考えられる
また、昨今、給与ファクタリングにより高額の手数料を収受していた取引について、貸金業や出資法に違反する取引であり、違法・無効であると判断する裁判例も複数出されています。
このように、給与ファクタリングサービスは重大な問題がある可能性があり、その利用は十分に注意する必要があります。
この記事では、給与ファクタリングに関する法律上の問題点などを詳しく解説します。
給与ファクタリングは違法なのか?貸金業該当性に関する裁判例
まずは、直近に出された給与ファクタリングに関する東京地裁の裁判例をご紹介します。
東京地判令和2年3月24日(2件)の概要
令和2年3月24日、東京地裁において2件の給与ファクタリング事例についての判決が下されました。それぞれの事案の概要は以下のとおりです。
事案①
- 給与ファクタリング業者が利用者から、7万円の給与債権を4万円で買い取る
- 4日後に、利用者が会社から受け取った給与7万円を給与ファクタリング業者に支払う
事案②
- 給与ファクタリング業者が利用者から、6万3000円の給与債権を4万円で買い取る
- 30日後に、利用者が会社から受け取った給与6万3000円を給与ファクタリング業者に支払う
どちらの事案も、債権額と支払日の設定が異なるだけで、典型的な給与ファクタリングの事案です。東京地裁は、事案①と事案②のいずれにも共通して以下のとおり判示しています。
「給与ファクタリングの仕組みは、経済的には貸付による金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有するものと認められ、本件取引における債権譲渡代金の交付は、「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法」による金銭の交付であり、貸金業法や出資法にいう「貸付け」に該当する。」
東京地裁の判断は、基本的には金融庁の見解を踏襲しています。そのため、行政的にも司法的にも給与ファクタリング行為を業として行う行為は貸金業に該当すると判断される可能性が極めて高いといえます。
東京地裁が問題視した給与ファクタリングの仕組みとは?
東京地裁も金融庁も給料ファクタリングが貸金業に該当する理由として、
「給与ファクタリングの仕組み」が「経済的には貸付による金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有する」からであると述べています。これはどういうことなのでしょうか。
給与ファクタリングは、基本的に以下の仕組みにより行われます。
- 給与ファクタリング業者が利用者から給与債権を買い取り、利用者に対価となる金銭を支払う。
- 利用者は、会社から給与を受け取った後、給与ファクタリング業者に給与相当額の金銭を引き渡す。
東京地裁も金融庁も、①と②の金銭のやり取りを客観的に評価した場合、「給与ファクタリング業者が利用者に対してお金を貸しているのと実質的に同じ」と言っているのです。
給与ファクタリング業者は、この仕組みによるファクタリングを「業」として行っているので、貸金業を行っているものと認定されました。
給与ファクタリングの貸金業該当性に関する金融庁の見解
前述の東京地裁の判決に先立って、金融庁により給与ファクタリングの貸金業該当性に関する見解が発表されています。
金融庁には「ノーアクションレター」という制度があります。ノーアクションレターとは、金融庁管轄の法律との関係で、適法か違法かが微妙であるようなビジネスを行う場合に、事前に金融庁に対して適法性についての照会を行う制度になります。
このノーアクションレターの制度の中で、給与ファクタリングの貸金業該当性に関する金融庁への照会が行われ、令和2年3月5日付で金融庁の回答が公表されました。
ノーアクションレターの質問文:
https://www.fsa.go.jp/common/noact/ippankaitou/kashikin/02a.pdf
金融庁の回答(一部引用):
個人(労働者)が使用者に対して有する賃金債権について、労働者が賃金の支払を受ける前にそれを他に譲渡した場合においても、その支払については労働基準法(昭和22 年法律第 49 号)第 24 条第1項が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、その賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないとの同法の解釈を前提とすると、照会に係るスキーム(個人(労働者)が使用者に対して有する賃金債権を買い取って金銭を交付し、当該個人を通じて当該債権に係る資金の回収を行うこと。)においては、いかなる場合であっても賃金債権の譲受人が自ら使用者に対してその支払を求めることはできず、賃金債権の譲受人は、常に労働者に対してその支払を求めることとなると考えられる。
東京地裁は、金融庁の回答内容も十分参考にしながら判決をしたものと思われます。
東京地裁の判決・金融庁の見解の実務への影響とは?
東京地裁の判決・金融庁の見解が既存の給与ファクタリングサービスに与える影響とは、どのようなものなのでしょうか。
まず、東京地裁の判決は先例となり、以降の司法判断でも参照される可能性が高いです。
また、金融庁は貸金業法に関する規制権限を有する行政機関であり、金融庁の行政府としての見解は金融ビジネスの世界において絶対的ともいえる影響力を持っています。
参考:貸金業者向けの総合的な監督指針:金融庁
裁判所・金融庁という司法・行政の2つの公的機関から共通した見解が唱えている以上、実務はこの判決・見解に従って動かざるを得ません。したがって、「給与ファクタリング=貸金業」という図式は実務上定着する可能性が高いと考えられます。
給与ファクタリングの貸金業法・出資法上の問題点について
東京地裁の判決・金融庁の見解によれば、給与ファクタリングは貸金業に該当します。したがって、給与ファクタリングは貸金業法の規制を受けることになります。
また、貸金業については出資法も適用されます。よって、給与ファクタリングは出資法の規制対象ともなります。
既存の給与ファクタリングが貸金業に該当することを前提とすると、貸金業法・出資法との関係で問題があるものと考えられます。
具体的には、以下の2つの法的な問題があります。
貸金業者としての登録が必要
貸金業を行うためには、貸金業者として都道府県知事の登録を受けることが必要とされています(貸金業法3条1項)。したがって、無登録での貸金業は違法行為となります(同法11条1項)。
(登録)
第三条 貸金業を営もうとする者は、二以上の都道府県の区域内に営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては内閣総理大臣の、一の都道府県の区域内にのみ営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては当該営業所又は事務所の所在地を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない。
(無登録営業等の禁止)
第十一条 第三条第一項の登録を受けない者は、貸金業を営んではならない。
2 第三条第一項の登録を受けない者は、次に掲げる行為をしてはならない。
一 貸金業を営む旨の表示又は広告をすること。
二 貸金業を営む目的をもつて、貸付けの契約の締結について勧誘をすること。
3 貸金業者は、貸金業者登録簿に登録された営業所又は事務所以外の営業所又は事務所を設置して貸金業を営んではならない。
既存の給与ファクタリング業者は、その多くが貸金業の登録を有していないものと推測されます。もしそうである場合には、現状行われている給与ファクタリングは違法ということになります。
出資法の上限金利の制限を受ける
金銭を貸し付ける行為については出資法による規制があり、出資法では貸付に関する上限金利を定めています。そして、貸金業者に適用される上限金利は、年利20%とされています。そして、この金利を超える利息を設定する行為は、後述のとおり刑事罰が予定される犯罪行為です。
給与ファクタリング業を貸金業と見た場合、給与ファクタリング業者の収受する「手数料」は実質的には貸付けの金利と見る余地があります(少なくとも東京地裁の上記判決はそのように評価しています。)。したがって、給与ファクタリングの手数料を年率に引き直して計算し、出資法上の上限金利を超える場合、違法な犯罪行為となり得ます。
たとえば、東京地裁判決の事案①を考えてみましょう。
事案①(再掲)
- 給与ファクタリング業者が利用者から、7万円の給与債権を4万円で買い取る
- 4日後に、利用者が会社から受け取った給与7万円を給与ファクタリング業者に支払う
この場合、給与ファクタリング業者は利用者に対して4万円を貸し付け、7万円を返してもらう取引と実質的に同じです。つまり、4万円の元本に対して3万円の利息がかかっていることになります。
したがって、利率は75%です。
返済期間は4日間ですので、4日間で75%の利率ということになります。
これを年率に引き直すと、以下のとおりです。
75%×365÷4 = 6,843.5%
なんと年率6,843.5%もの金利がかかっていることになり、明らかに出資法違反となってしまいます(なお、東京地裁の裁判例では対象となる取引について年利850%を超過する取引であると認定されています。)。
このように、給与ファクタリングの手数料の金額・返済期間によっては、出資法の上限金利規制に違反する場合があります。
給与ファクタリングが違法と判断された場合、どうなる?
給与ファクタリングが違法と判断される場合には、どのような結果が生じるのでしょうか。
貸金業法・出資法の規定に沿って解説します。
利用者が受け取った債権譲渡代金は不法原因給付となる
給与ファクタリングの手数料割合を年率換算した数値が出資法の上限金利を超過する場合、この取引は出資法に違反する犯罪行為ということとなります。そのため、このような取引は民事的にも無効となるのが通常です。
取引が無効となる場合、無効な取引の一環でやりとりされた金銭があれば、これは相手に返還しなければならないのが原則です。
しかし、出資法の上限金利を大幅に超過する悪質な犯罪行為の一環として交付された金銭については、原則通り返還する必要がないと判断されることがあります。
東京地裁の上記裁判例でも、刑事罰の対象となる給与ファクタリング契約に基づいて利用者が受け取った債権譲渡代金については、給与ファクタリング取引が無効となったとしても業者に返す必要はないと判示しました。
このように返還を要しない理由は、ファクタリング業者が交付した債権譲渡代金が、民法上の不法原因給付(民法708条)に該当し、法律上、返還義務を否定されるためです。
(不法原因給付)
第七百八条 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
したがって、上記裁判例と同様に、異常に高い手数料(※)で給与ファクタリング取引を行った場合には、会社から支給された給与を約束通り引き渡す必要はないし、給与ファクタリング業者から受け取った債権譲渡代金についても返還する必要がないと考えることができます。
※ 相手が業者である場合は年利20%を超える場合、相手が個人である場合は年利109.8%を超える場合が一定の目安になります。但し、個人であっても、ファクタリング行為を業として行っている場合には、年利20%を超える場合が目安となるでしょう。
給与ファクタリング業者が刑事罰の対象となる
無登録かつ暴利で給与ファクタリングを行った業者は、貸金業法・出資法に基づいて刑事罰を科される可能性があります。
貸金業法
貸金業法上は、無登録で貸金業を行う行為が刑事罰の対象とされています。法定刑は、「10年以下の懲役もしくは3000万円以下の罰金またはこれを併科」です(貸金業法47条2号)。
第四十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の手段によつて第三条第一項の登録を受けた者
二 第十一条第一項の規定に違反した者
三 第十二条の規定に違反した者
出資法
出資法上は、上限金利を超過した貸付け(=給与ファクタリング)を行う行為が刑事罰の対象とされています。金利が20%超109.5%以下の場合の法定刑は、「5年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金またはこれを併科」です(出資法5条2項)。
(高金利の処罰)
第五条 金銭の貸付けを行う者が、年百九・五パーセント(二月二十九日を含む一年については年百九・八パーセントとし、一日当たりについては〇・三パーセントとする。)を超える割合による利息(債務の不履行について予定される賠償額を含む。以下同じ。)の契約をしたときは、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。
2 前項の規定にかかわらず、金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合において、年二十パーセントを超える割合による利息の契約をしたときは、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。その貸付けに関し、当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。
3 前二項の規定にかかわらず、金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合において、年百九・五パーセント(二月二十九日を含む一年については年百九・八パーセントとし、一日当たりについては〇・三パーセントとする。)を超える割合による利息の契約をしたときは、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。その貸付けに関し、当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。
金利が109.5%超の場合の法定刑は、「10年以下の懲役もしくは3000万円以下の罰金またはこれを併科」です(同条3項)。他方、貸付を受けた者については、特段のペナルティはありません。
給与ファクタリングの被害は弁護士に相談しよう
違法な給与ファクタリングの被害に遭ってしまった場合には、すぐに弁護士に相談しましょう。
弁護士に依頼するメリット
弁護士は、貸金業法や出資法などの法律に精通しているプロフェッショナルです。弁護士に依頼すれば、その法律の専門知識と経験を生かして適切な対処法についてアドバイスが受けられますし、貸金業者との対応も一任できます。そのため、依頼者の時間的・精神的負担を大きく軽減することに繋がります。
弁護士費用
給与ファクタリング被害への対応を弁護士に依頼する際の費用は、弁護士事務所によって異なりますが、多くの場合、①着手金と②成功報酬の2段階制がとられています。着手金が支払えない場合には、弁護士と相談して成功報酬一本にすることができる場合もあります。
詳細は弁護士事務所に問い合わせてみましょう。
どのような弁護士を選ぶべきか?
違法な給与ファクタリングに関する法律相談は、ファクタリング案件を多く取り扱っている弁護士に相談するのがおすすめです。弁護士事務所のホームページを確認すれば、その事務所や弁護士の得意な法律分野が記載されていることが多いので、ホームページをチェックしてみましょう。
まとめ
以上に解説したように、まず給与ファクタリングは貸金業に該当するということを念頭に置いておく必要があります。
その上で、既存の給与ファクタリング業者は
- 貸金業の登録がない
- 出資法の上限金利を超えた高額の手数料を取っている
など、法律上問題があるサービスを提供している場合があります。特に、直近の金融庁の見解や裁判例への対応が間に合っていない給与ファクタリング業者も多いものと推測されます。
そのような業者と取引した場合、トラブルに巻き込まれる可能性がありますので、絶対に利用してはいけません。どうしても給与ファクタリングを利用しなければならない場合であっても、業者選びは慎重に行うようにしましょう。
不安であれば弁護士に相談するのも有効ですので、気軽に相談してみてください。